生きて戻ってきた話を、少しだけ
皆さま、ご無沙汰しております。前回のつぶやきから半年も空いてしまい、 大変失礼しました。
実は昨年9月末、私は大動脈解離を発症し、生死の境をさまよう経験をしました。 発症したのは、練馬区議会の決算特別委員会の最中。 10日間続く審議の3日目に向け、質疑準備をしている真っ最中でした。
私のような会派(議会のグループのこと)に属さず一人で活動する議員は、 議会質疑の順番は後半、持ち時間はどん兵衛の調理時間とほぼ同じ6分。
円滑な議会運営には似たような質疑は避けなければならず、 他議員と内容が重ならないようにするため、準備はどうしても徹夜になりがちです。
今振り返ると、健康管理以前に、議員の働き方そのものを見直す必要があったのだと思います。 そんな徹夜続きのある朝、事務所で作業中に背中を突き刺す激痛が走りました。 最初は食あたり程度と思いましたが、痛みは治まらず、 「これは入院かもしれない」と観念しました。
救急車を待つ体力もなく、ダイレクトに区内の基幹病院へ。 そこで「大動脈解離の疑い」と告げられ、別の病院へ救急搬送されました。 搬送後、そのまま7時間に及ぶ緊急手術が行われたそうです。
次に目を覚ましたのは約1週間後でした。
その頃の私は、現実と錯覚が入り混じる「せん妄」の状態にあり、 医師に見下ろされ、見知らぬ人に品定めされ、 果ては外国に私が売られた様子が見えるなど、 今思えば荒唐無稽な光景を本気で信じていました。
しかし、本人にとっては、すべてが現実でした。
強さではなく、支えで生きている
退院支援計画には「生活保護」「介護保険併用」と記され、 当初は社会復帰が難しいと見られていたようです。
それでも集中治療、高度治療、一般病棟を経て、3週間で退院することができました。 医師から「重篤だったが、運が良かった」と言われたとき、 私は「生かされた側なのだ」と実感しました。
この経験は、私の人生観を大きく変えました。 人は強さだけで生きているのではなく、支えられ、偶然に助けられ、 誰かの判断に命を委ねながら生きている。その現実を、身をもって知りました。
これからは「元気な人の理屈」ではなく、「弱ったときの現実」から、 社会や福祉を考えていきたい。生きて戻ってきた者として、 今度は誰かを支える側に回れるよう努めていきます。

さいごに
どんな些細な事でも構いません。お一人で抱え込まず、 いつでもお電話、メールをいただければと思います。 下記ボタンを押してお問い合わせフォームからもご連絡できます。
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