「体験格差」の前に、子どもたちの声を聞いていますか?
みなさん、こんにちは。
9月に入り、学校では「夏休み、どこに行った?」という会話や、夏休みの日記が 教室に貼り出されるなど、子どもたちがどんな夏を過ごしたのかを耳にする機会が増えました。
【88.4%が「子どものやりたい」を我慢】
そんな中、福岡県の団体が行った調査で、物価高や家計上の理由から、外食やお出かけ、旅行など、 「子どものやりたいことを我慢させた」とする回答が88.4%に上ったというニュースを目にしました。
いわゆる「体験格差」です。
もちろん、経済的な理由で子どもの経験できることに差が生じる現実はあります。 しかし、「体験格差をなくそう」と一括りにするだけでよいのか。
私は少し違和感があります。
【そもそも、何を「格差」とするのか】
子どもたちの置かれている環境は、一人ひとり違います。
収入の高い家庭もあれば、そうでない家庭もある。 ひとり親家庭でも離別や死別など事情は異なり、家族構成も違います。 海外旅行に行く家庭もあれば、テーマパークには行けない家庭もある。

では、どこからを「格差」とするのでしょうか。
一方で、本人の意思だけでは乗り越えられない物理的な制約については、別に考える必要があります。 障がいのある子ども、長期入院中の子ども、難病で自宅療養している子どもたちなどへの支援です。
【「何もいらないから、早く会いたい」】
以前、入院した友人のお子さんのお見舞いに行く際、 「おもちゃでも持って行こうか」と電話をすると、その子から返ってきたのは、
「何もいらないから、早く会いたい」という言葉でした。
欲しかったのは「モノ」ではなく、誰かと会い、一緒に過ごす時間だったのかもしれません。
【お肉のないお好み焼きも、大切な「体験」】
私自身、青少年期に、決して裕福とはいえない家庭で短期間生活した経験があります。 お肉の入っていないお好み焼きや、カップラーメン一食という日もありました。
それでも、明るいおばちゃんや、いつも叱られているおじちゃんと 一緒に食卓を囲んだ温かさや楽しさは、今でも忘れることができません。
こうした経験が、私が子どもへの支援を考える原点になっています。
【子どもが本当に求めているものは?】
子どものためを思うほど、大人はモノやお金、旅行やレジャーなど、 「何かを与えてあげたい」と考えます。それも大切な支援です。
しかし、子どもが本当に求めているものは、それだけでしょうか。
好きな人とご飯を食べる。
誰かが会いに来てくれる。
一緒に笑う。
話を聞いてもらう。
自分を気にかけてくれる人がいる。
そんな何気ない時間も、子どもの人生をつくる大切な「体験」だと思います。

「体験格差」という言葉だけで、大人が考える「体験」を与えることが目的になっていませんか。 だからこそ、支援を考える出発点として問い続けたいと思います。
子どもたちの声、本当に聞き取れていますか?
さいごに
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